レポート
桃源郷芸術祭2018 体験レポート
海のプリズム、
秘境の地の芸術家たち。
海はひろいなおおきいな。月はのぼるし日はしずむ。
瀬戸内海に浮かぶ島で育った私は、水平線を見たことがなかった。
海の向こうには陸があって、工場の煙突からいつも煙が上がっているのが見えた。
五浦の海はひろくておおきい。
海の向こうは空だった。
はじめて、海と空がつながっているのを見た。
青い空に、青い海。
放つ色に濃淡の違いはあれど、
空が明るいときは海も明るく、
空が暗いときは海も暗い。
そしてどういうわけか、
わたしの心も同じ様に染まってゆくのだった。
五浦の海からは日がのぼる。
海と空のあいだから優しく現れ
1日のはじまりを明るく報せる。
この海と空のあいだには、本当は陸があるのだけれど、
それが隠れて見えないのは、きっと地球が丸いからなのだろう。
わたしは丸い地球に立っているんだなあ、
五浦の海はそんなことも思わせてくれる。
数々の芸術家を生んだ、この五浦の海が広がる地、北茨城で芸術祭が開催された。
「桃源郷芸術祭」
現代を生きる多くの人が、現代とは少しかけ離れたこの地に迷い込んでいた。
五浦美術館には、北茨城で活動されている芸術家と、東京藝術大学の芸術家の作品。
壁面には海をテーマにした絵画や映像。
フロアには根付や陶芸、ガラス作品が並ぶ。
表現方法も違えば、色もさまざま、なのに空間は調和が取れていた。
海に持つイメージは人によって違う。
神秘を感じる人もいれば、恐怖を思い出す人もいる。
約1ヶ月の滞在制作を経て描かれた、三宅世梨菜さんの二ツ島「立(りゅう)」は
激しい波を受けながらも凛々しく立っていた。
あの日受けた波に比べれば、痛くも痒くもないわ
と言わんばかりに。
毛利元郎さんの「海の始まり」と「波の終わり」。
さまざまな表情をつくる海。
ひとが笑ったり、泣いたり、怒ったりするのと同じ。
海も生きている。
岩本依留羽さんの「痕跡」。
死をテーマに造られたものだが、
星の頭をした魂はどこか
生まれたての純真さを思わせた。
足跡には弔花を添えて
生きた歩みを称えていた。
鈴木鈴さんの「竜の子太郎」。
太郎を乗せた竜の母親は、
村の掟を破ってイワナを3匹食べてしまったことから
竜になったと言われている。
緒締の玉にイワナが3匹彫られていた。
ひとつひとつにメッセージが託されている。
曾田恵美さんの「ほっこりじぞう」。
こんなお地蔵さんに出会えたら、
こちらまでほっこりにっこり。
メイン会場の一つ、五浦観光ホテル本館では作品の販売もされており、
手のひらサイズの「ほっこりじぞう」も。
ブタはトントン(豚豚)拍子、
カエルは迎える、無事に帰る、など
縁起の良い生き物とされている。
そして、今年は戌年。
この3点セットは、無敵だ。
一ノ瀬健太さんの「茶の家~海編~」。
2月25日に行われたワークショップで
地元の方々が北茨城への思いを短歌や俳句で綴った。
一ノ瀬さんにとっても地元の方々にとっても
一生の思い出として残るだろう。
そして何年後か大人になり、
微笑みながらこの作品を見返す姿が
そこにはあるのだろう。
会場の一つ、ARIGATEEは、
美術館などのメイン会場から離れた場所にある。
美術館から20分程、車で山へ、山へ。
この道で合っているのだろうかと、
おそるおそる進む。
「桃源郷」のイメージにぴったりのロケーションだった。
緑の山や田んぼの中に
赤い屋根が浮かび上がる。
行ったことはなかったが、なぜか
絶対にあそこだ、と思った。
着くやいなや、豚汁とおにぎり、ふき味噌で
もてなしてくれた。
すべて近くに住むおばあちゃんの手づくり。
ここは「桃源郷」に登場する村なのかもしれない。
ARIGATEEは、もとは築150年の古民家。
そこをリノベーションし、今回の芸術祭で
ギャラリーとしてオープンさせたのが
北茨城市地域おこし協力隊の石渡のりおさんと、奥様のちふみさん。
改修する中で出会った「生きるための道具」を展示されていた。
この古民家を引き受けたとき、元持ち主さんが使わなくなったものを置いていったそう。
捨てることもできた。
でも石渡さんご夫婦は、
ひとのそばで生活を支えてきた道具たちを大事に残した。
道具たちの生涯を伝えねばならないと思ったのだ。
教科書や手紙、新聞、書物の数々。
元持ち主さんが家を引き渡すまで
捨てずに残していたのは、
捨てることができなかったからだと思う。
石渡さんご夫婦はそれらを
関係ないから、という理由で
簡単に捨てることはできなかった。
残された思いを伝えねばならないと思ったのだ。
芸術祭で訪れたひとたちには
きっと伝わっている。
そしてまた誰かに伝える…
こうして、ひとの人生が形を変えて受け継がれていく。
なんて、"ありがてぇ"んだろうか。
桃源郷芸術祭では、市外からたくさんの方が来られ北茨城を知ってもらえた。
でも地元の方にとっても、良い機会になったのではないだろうか。
わたしもそのひとりだ。
灯台下暗し。
住んでいるのに、知らないことは意外と多い。
外に、外に、目を向けてしまう。
何もないからではなく、
何かあることに気付いていないからだ。
近くのものに目を向けよう。
背を向けるのではなく。
そうすると今まで見えなかったものがどんどん見えるようになり、
ちいさな幸せに出会えるかもしれない。
こんなにひろくおおきい海が
こんなに近くにあることに気付けて良かった。
地域レポーター 末長沙千